コウカ ヲ イレテクダサイ

KusaReMKN

前回までのあらすじ

前回の記事はこちらです: ゴリヨウニ ナレマス

ひょんなことから特殊簡易公衆電話、いわゆる “ピンク電話機” がみかんちゃんハウスにやってきてしまいました。 唯一の難点であった無を表示する液晶画面も、発狂していたコンデンサを交換することで完全に復活し、いよいよ本格的に活用できるようになりました。 ジャンク品でありながら、立派にオレオレ公衆電話として運用できそうです。 や、マジでどこに置くんだ、これ。

別の方面では、電話交換局同士の接続に成功したりしなかったりしていますが、これはまた別のお話です。 そのうち誰かが記事を書いたり書かなかったりしてくれるでしょう。

世の中世知辛い

携帯電話回線であっても固定電話回線であってもそうですが、通話を行うには通話料金が必要になります。 街中にある緑色や灰色の公衆電話もまた例外ではなく、現在では約 1 分間の通話に 10 円程度の通話料金が掛かります。

ピンク電話機を利用した通話にも、やはり料金が必要です。 しかし、ピンク電話機を通常の電話回線に接続した場合、通話時間に応じた料金が必要になるのではなく、一回の通話を開始する時点で料金が必要になるだけです。 つまり、通話相手の位置や通話時間に拘わらず、最初に 10 円を支払うだけで無制限に通話できることになります。 私たちはピンク電話機を利用して大金を稼ごうと目論んでいるわけですが、このままでは途方もない時間が必要になってしまいます。

これを解決するマトモな方法として、“硬貨収納等信号送出サービス” を利用することが挙げられます。 このサービスは、ピンク電話機を利用するような電話回線に対して、ピンク電話機から発信した通話の開始時 (相手が電話に応答したとき)及び通話中の適当なタイミングで “課金信号” を送信してもらえるものです。 通話中に電話網から送信される課金信号を受けることで、ピンク電話機は時間に応じた通話料金を知ることができます。 しかし、オレオレ交換局を勝手に設置して内線や外線を取り回している私たちの電話網では、このサービスを利用することはできません。

電話網から送信される課金信号がピンク電話機に通話料金を伝えることに着目すると、オレオレ交換局とピンク電話機の間に課金信号を発生させる回路を挟むことで実現できそうに思われます。 ここでは、課金信号(のようなもの)を発生する簡単な回路を製作し、実際に通話料金を徴収できるのか確かめてみます。

課金信号

課金信号について調べてみましょう。 東日本電信電話株式会社の技術参考資料を見てみると、課金信号は “硬貨収納等信号” の属する信号のグループの名称であるようです。 また、この硬貨収納等信号は、相手応答時及び通信中の課金契機であることを伝える信号であるようです。 私たちが送信したい信号はまさしくこれですから、さらに詳しく調べてみましょう。

硬貨収納等信号

硬貨収納等信号は “応答収納信号” と “通信中収納信号” とに分けられるものですが、波形にのみ着目すると t1 の値が異なるだけですから、ここでは特に区別せずに扱います。 図 1 に硬貨収納等信号の電圧波形を、表 1 に各記号に対応する値の一覧を示します。

硬貨収納等信号の L1–L2 間の電圧波形
図 1: 硬貨収納等信号の L1L2 間の電圧波形
表 1: 硬貨収納等信号の各記号の値
記号 応答収納信号の値 通信中収納信号の値
t1 0.40–0.60 秒 0.05–0.10 秒
t2 0.40–1.80 秒 0.40–1.80 秒
t3 0.05–0.10 秒 0.05–0.10 秒
t 0.85–2.50 秒 0.50–2.00 秒

波形を眺めてみると、電話回線の極性を一時的に反転し、レバース状態にすることで課金契機を通知していることがわかります。 特に、通信中収納信号のオフ状態の時間は非常に短く、ノーマル状態からレバース状態に切り替えるための小休止であると考えられます。

インチキ課金信号送出器

これまでの調査内容を踏まえて、インチキ課金信号送出器を製作してみましょう。

ここで製作する回路を公衆回線(家の壁から生えている電話回線など)に接続しないでください! 接続した場合、関連する法令に違反する恐れがあります。 マジで接続しないでください。

また、ここで製作する回路は “インチキ課金信号生成器” であり、名前のとおりインチキな回路です。 送出される信号は正しい課金信号ではありません。 当然、正しく動作しない可能性があり、電話機を故障させるかもしれません。 KusaReMKN はこのセクションの内容について何ら保証せず、この回路を実際に利用したことによって生じた損害、紛争または利益に関して一切の責任を負いません。

極性を反転する

最も簡単に極性を反転する方法は、極性を反転したいタイミングで回路を繋ぎ替えることです。 ここでは、リレーを用いることで極性を切り替える回路を考えてみましょう。

図 2 に回路図を示します。 通常状態では、網の L1 と端末の L1 とが接続され、網の L2 と端末の L2 とが接続されています。 ここで、“~極性反転” の端子に Low レベル(0 V)を入力すると、端末に接続される回路の極性が反転されます。 つまり、網の L1 と端末の L2 とが接続され、網の L2 と端末の L1 とが接続されるようになります。

回線の極性を反転する回路
図 2: 回線の極性を反転する回路

この回路を実際にブレッドボード上に組み、実際にピンク電話機一式を接続してみます。 図 3 に回路の動作を確認する様子を示します。 通話中に極性を反転させたりさせなかったりしていると、確かに 10 円玉がピンク電話に吸い込まれるではありませんか。 こんなにも雑な簡単な回路で課金動作を実現できてしまうとは驚きです。

図 3: 回線の極性を反転する回路の動作確認(40 秒; 8.2 MB)

しかし、極性を反転させる時間が短過ぎると課金動作をしないようです。 やはり 表 1 で示した t2 の時間だけ極性を反転することは重要であるようです。 適切な時間だけ 図 2 の “~極性反転” の端子にパルスを入力する回路が必要です。

課金信号を自動送出する

課金信号は通話料金を徴収するための仕組みですから、一定時間ごとに送出されることが普通です。 表 2 に 10 円あたりの通話時間を示します。 通話料金は通話の相手によってまちまちであることから、課金周期を柔軟に設定できることが求められます。 一定周期のパルス信号を生成するには 555 タイマ IC が大変便利ですから、これを無安定モードで用いて課金信号を自動送出する回路を考えます。 パルスの周期を決定する抵抗を半固定抵抗にすることで、一定の範囲で周期を任意に設定できるようにします。

表 2: 10 円あたりの通話時間
通話の相手 固定電話から 公衆電話から
固定電話 約 192 秒 56 秒
IP 電話 約 155 秒 18 秒
携帯電話 約 34 秒 15.5 秒

図 4 にインチキ課金信号を自動送出する回路を示します。 パルスの幅や周期はキャパシタ C1、抵抗 R3R4、及び可変抵抗 Rv で決定されます。 パルスの Low レベルの時間 TLowTLow = C1R4⁢ln⁡(2) ≈ 0.717 秒です。 これが課金信号の極性反転時間になります。 パルスの High レベルの時間は Rv が最小(ほぼ零)であるときに最も短くなり THigh,Min = C1⁢(R3+Rv+R4)⁢ln⁡(2) ≈ C1⁢(R3+R4)⁢ln⁡(2) ≈ 3.975 秒、Rv が最大であるときに最も長くなり THigh,Max = C1⁢(R3+Rv+R4)⁢ln⁡(2) ≈ 69.13 秒です。 課金周期 TTLow+THigh であり、4.691–69.85 秒です。 この値は公衆電話から各種の電話へ通話した場合の通話時間を含んでいます。

インチキ課金信号を自動送出する回路
図 4: インチキ課金信号を自動送出する回路

タイマ IC には NJM555 を指定していますが、互換品や相当品でも動作すると思います。 特に、CMOS 版の NE555 などを使うと消費電力を抑えられます。

図 5 にインチキ課金回路の動作を確認する様子を示します。 課金周期は最小(5 秒弱)に設定しています。 回路を動作させると一定時間ごとに課金信号が送出され、10 円玉がピンク電話に吸い込まれていることがわかります。

図 5: インチキ課金信号送出器の動作確認(38 秒; 7.7 MB)

考察と反省

今回はインチキ課金信号送出器を構成し、動作を確認しました。 この回路は最小限の部品を用いて比較的簡単に構成でき、ホビー用途に限ればピンク電話で一攫千金を狙えます。

しかし、いくつかの問題点も挙げられます。 まず、この回路は極性を反転こそしますが、オフ状態になっておらず、結果として正しい課金信号を送出していません。 また、回路が動作している限りオンフック(通話をしていない)状態でも課金信号を送出してしまい、ピンク電話が着信側であった場合でも課金されてしまいます。 最後に、これは些細な問題ですが、回路を動作させるために追加の電源を必要としています。

もっとマトモな回路が “獣医さんの電子工作とパソコン研究室” で公開されています: 28-1.ピンク電話の課金信号発生器を考える。 このページで紹介されている課金信号発生器は PIC マイコンによって制御され、課金信号のオフ状態の生成、オンフック検知など多くの機能が盛り込まれています。

おわりに

おわりです。


参考資料